Mr.Win's Room

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セツアンの善人

 

2001年9月11日(火)午後7時開演
会場:赤坂ACTシアター

作:ベルトルト・ブレヒト
演出:串田和美
音楽:coba
美術:串田和美
衣装:ワダエミ

シェン・テ/シュイ・タ:松たか子
ヤン・スン:岡本健一
シュー・フー:串田和美
第一の神:斎藤晴彦
第二の神:アンドリュー・ブケニア
第三の神:ロラン・レヴィ
ワン:張春祥
シン夫人:スブリーム

【ストーリー】
架空の街、"セツアン"に3人の神様が善良な人間を探しにやってきた。
心優しい娼婦のシェン・テは、彼等に一夜の宿を提供し、神々は、そのお礼にと、シェン・テに金を渡す。
シェン・テは、その金を元にタバコ屋を開業するが、誰に対しても"No!"と言えないシェン・テにつけこんだ近所の人々、親類縁者達が、彼女を食い物にしようと、群がってくる。
そんな状況を切り抜けるために、シェン・テが取った策が、架空の従兄弟、シュイ・タになること。
冷酷で腕利きの青年実業家シュイ・タに変身し、つけこまれることなく、"No!"を言うことに成功したシェン・テだが、やがて愛する男、ヤン・スンの子を身篭る。
自分が飛行士になるために、シェン・テを利用しようとしたヤン・スンと、シェン・テ、シュイ・タの複雑な絡み合いや、子供の前では善人でいなければならないという葛藤等が描かれる中、シェン・テを殺害し、その財産を乗っ取った疑惑で、シュイ・タは、裁かれることになる・・・。

【客入り】
高年齢層が目立ったが、10〜20代と思しき客もそれなりに入っていた。男女比は、確実に女性の方が多い。ほぼ完全に満杯。

【感想】
松たか子さんにはTV女優、映画女優、歌手など色んな顔があるが、私にとっては断然、舞台女優。
目の持つ力や、滑舌の良さ、よく響く声。そして何よりも、舞台上での圧倒的な存在感は天性のもの。
そんな松さん出演作で特に好きなのが、この"セツアンの善人"。
20世紀ドイツを代表する劇作家ベルトルト・ブレヒトによる作品で、日本での初演は1999年新国立劇場。この時は、串田和美演出、松たか子主演(共演は高橋克典)で、大入りの記録を作っている。

さて私が観たのは2001年版。
お人良しで人の頼みを断れない善人シェン・テと、冷徹でやり手のシュイ・タ。
松さん1人で演じるこの2つの人格は、演じている人すら別人なのではと錯覚するぐらい全然違っていた。松さん、凄かった。
善人シェン・テが存在するには、シュイ・タもまた存在しなければならない。松さんが仮面をつけてシュイ・タになるシーンはゾクゾクするレベルだった。

そして、松さん。歌も上手い。
前半の見所は、困っている人を見ても助けない人々への憤りを歌うシーン。
松さんは、とにかく音程を外さず、歌詞をハキハキ、キビキビと歌う。ともすれば抑揚に欠け、一本調子な印象も受けるが、こうした力強さが求められる場面では、その特徴が無類の強さを発揮する。
踊りながら、観客席を力強く睨み歌う姿は、今でも忘れられない。

また舞台上、左右には3段の客席があり、これが、ラスト・シーン(シュイ・タが、シェン・テを殺害した容疑で、裁判にかけられるシーン)で、傍聴席のようになる。
裁判を傍聴する観客、そして3人の裁判官(=3人の神)の前で、遂に、シュイ・タが仮面を取り、シェン・テに戻る瞬間、盛り上がりは最高潮に。

「神様に言われた通り、善人であり続けるには、私は、シュイ・タにならなければいけなかった。
愛するために、シュイ・タにならなければいけなかった。
私は、これからどうすればいいの?」

シュイ・タが叫ぶシーンでは、泣いている人が沢山いた。
私が1番ジーンときたのは、劇の最後、神様が去り人々が去った後、暗闇の中、遠くに聞こえる声の中で、明かりが照らし出されているシーン。

あと、この劇、出演者が上演前から出てきて前方の客と歓談していて。
登場しない出演者は、劇中もずっと舞台上の客席近くに座り込んでおり、これもセツアンの街らしさを演出していて素晴らしかった。

それにしても。繰り返しになるが、シェン・テとシュイ・タを演じた松さん、凄かった。
同じ人とは思えないぐらい雰囲気が一変。仮面をつけたシュイ・タの目は、シェン・テとは明らかに違っていた。

……というわけで、"You Are The Top〜今宵の君〜"に次いで、これまでの全観劇で2番目に好きなのがこの作品。
そして、観劇した2001年9月11日はこの観劇体験以外にも色んなことがあり忘れられない一日になった。
この日は、Bob Dylanの新作"Love & Theft"の発売日だったので、朝一番にレコード店で購入。
昼前からは台風のため豪雨。電車の遅れも考慮し、早めに会場に。
そして終演後、家に帰るとTVはNYテロ一色……。
まさか、善悪について考えさせられる劇を観た直後、現実のテロに(画面越しとはいえ)向き合うことになるとは。
深夜にアメリカの知人からメールで無事の連絡が入り、ニュースが一層リアルに聞こえて、また善悪について考えて。
"セツアンの善人"は、そんなできごともセットで記憶に残っている作品だ。

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