Mr.Win's Room

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You Are The Top〜今宵の君〜

 

2002年3月24日(日)午後7時10分開演
会場:世田谷パブリックシアター

作:三谷幸喜
演出:三谷幸喜
音楽:井上陽水

作詞家 杉田吾郎:市村正親
作曲家 前野仁:浅野和之
女 笹目にしき:戸田恵子

声の出演:川平慈英

【ストーリー】
舞台は、夜のリハーサル室。
7年前、交通事故で急死した歌手・笹目にしきの追悼コンサートで歌う曲を作るために、作詞家の杉田吾郎と作曲家の前野仁が集まった。
かつて二人は、笹目と組んで、ヒット曲を連発して来たのだ。
多弁で、今でもそれなりに成功を収めている杉田と、芸術家肌で気難しいために仕事が減っている前野。
そんな2人の会話は、自然と、笹目にしきの話になっていった。
"笹目は、本当は杉田と前野のどちらを好きだったか"を議論し、会話を進めるうちに、杉田、前野がそれぞれの知らない笹目の姿を知る。
果たして、2人は曲を完成させられるのか?

【客入り】
完全に満杯。年齢層は、20代〜40代あたりが大半を占める。女性が多かった。

【感想】
舞台"ART"をきっかけに興味を持った市村正親さん。
コミカルなキャラクターや舞台への真摯な考え、それに年間100公演以上の舞台に立ち続けるスタイルや髪型になんとなくボブ・ディラン味も感じて、「機会があったらまた観たい」と思っていた。
そんな折に聞いた"You Are The Top"制作発表のニュース。
市村さんが、劇団四季時代に盟友だった鹿賀丈史さんと23年ぶりに共演するというのだ。
しかも脚本は、三谷幸喜さんが当て書き(役を演じる俳優を決めてから脚本を書くこと)したという。
無茶苦茶面白そうじゃんか!
これは観たい!と初日のチケットを無事入手。当日ワクワクして出かけたのだが。
会場で待っていたのは、延期のお知らせ。鹿賀さんが、開演1週間前に急性虫垂炎のため緊急降板となったのだ。

盟友・鹿賀さんの降板を知った日、市村さんは夜、独りで泣いたそうだ。元々、この舞台が生まれたきっかけは、市村さんの舞台を観に行った鹿賀さんが楽屋で「また一緒にやりたいね」と語ったのがきっかけ。そりゃあ悔しいし、悲しいに決まっている。
三谷さんのエッセイによれば、鹿賀さんの降板で「中止も考えた」らしい。
でもそれを止めたのも市村さんだった。「俺はやめるつもりはないよ。やろう!」と断言し、代役を探すことになったという。
この時のことは、市村さんのエッセイでも書かれており「こんな面白い芝居を絶対に止めたくなかった。舞台は"Show must go on"でしょ」とのこと。これぞ役者魂。

最終的に白羽の矢が立ったのは、元・夢の遊民社の浅野和之さん。
何も分からないまま事務所の社長に連れてこられ、有無を言う間も与えられず代役にされたそうだ。

さて話を戻すが、延期を知ったその日は、振替日(初演の日)を確認し、帰宅。
こうした経験は初めてだったので、鹿賀さんが観れないのが残念な一方、急な代役を務める浅野さんがどんな演技を見せるのか、他の出演者との息は合うのか……と楽しみも増した。しかも振り替えたチケットの座席はなんと3列目中央という超良席!

そして訪れた3/24。結論から言うと、19:10の開演から2時間あまり、私はそれまでの観劇経験で最も素晴らしい時間を過ごしたのだった。

コミカルにテンションの高い演技をする市村さん。
落ち着いた大人の渋みでキメる浅野さん。
その2人を手玉に取る戸田さん。
もう3人が3人とも素晴らしすぎて、笑えて泣けて温かくなる最高の舞台だった。

三谷作品ならではの笑える台詞が随所に散りばめられ3分に1回は笑いが起こる。でも話自体は結構シリアス。
世渡り上手で成功を収めた吾郎(市村さん)。一方、プライドを守るために周囲を遠ざけてきた仁(浅野さん)
ただ、吾郎も成功を得るため、沢山嫌な経験もしてきたわけで。
互いの知らない笹目(戸田さん)の話が出てくる都度、お互いが持つ葛藤だったり嫉妬だったり、色んな情念がどんどん出てきて。後半、2人は喧嘩し、一度は共作を中断する。

でも、1人スタジオに残った仁は、自分がプライドを守ろうとするあまり卑屈になっていること、吾郎に嫉妬していることを正面から受け止める。そして2人は仲直りし、大好きだった笹目のために曲を作る。
なんというか、これこそ大人のコメディだよな、と。まさにこれだよ、と。

そして笹目を演じる戸田恵子さんも、夢いっぱいでオーディションを受けに来た歌手志望の素人が、トップ歌手になって絶頂を経験し、その後、過去の人になって苦悩するまで、溢れんばかりの感情を演じきっていた。

井上陽水さんが作曲したテーマ曲もお洒落な良い曲で。物語が進むにつれ段々と完成していく様子も面白かった。
この作品は、1つの曲が完成するまでを描いた劇でもあるわけで。仁が完璧を求めて苦しむシーンや、吾郎が"生活のためには妥協も必要"と割り切るシーンなど、2人それぞれに譲りたくない正義があって、結果的にそれらが合わさってできあがった曲を歌うラストシーンは最高だった。

リハーサル室という小さな空間に、大事なものが沢山詰まった宝石箱のような作品。しかも急な代役を立てるという難局を乗り越えての初日完走に、終演後は大スタンディングオベーションだった。
あんなに長い時間拍手が鳴りやまなかった舞台、後にも先にも観たことが無い。最高の空間だった。

2024年10月現在。今なお"これまで観劇した作品でベストだったものは?"と聞かれたら、迷わずこの日の体験を挙げるし、生涯この日を忘れることはない。

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(制作:木戸涼)

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