エッセイ38 銭湯 最近、名古屋が好きでよく訪問している。 先日も大須観音に行ったのだが、ふと賑やかな通りに挟まれた道に古めかしい銭湯の看板を見つけたので思わず入ってみた。 というのも、店の佇まいに懐かしい場所を思い出したからだ。 それが、かつて京都の寺町京極商店街にあった「さくら湯」である。 一昔前まで京都市内には沢山の銭湯があった。 「京都の銭湯」で1冊の本ができてしまう程で、京都に住む前、大阪から足繁く通っていた頃は、よく利用した。 そんな中でも「さくら湯」は頻繁に訪れたところで、固定式のシャワーにケロリンの黄色い風呂桶、電気風呂といったいわゆる昔ながらの銭湯。番台に座るご亭主も、年季の入った皺が場に似つかわしく味わい深い場所だった。 そしてこの銭湯、商店が軒を連ねる2本の通りに挟まれたど真ん中というロケーションにあった。 大須観音で見つけた銭湯も全く同じ。思わず頭の中で昔の記憶が呼び起されたわけだ。 靴を脱ぎ、男湯の扉を開けると番台の前ですっぽんぽん(この表現が一番しっくりくる)のご老人が「今日の新聞あるかい?」と言っている。 すると番台の亭主が「あいよ」と中日新聞を手渡していた。 そしてこっちを向いて「はい、お一人様ね。500円」 続けて「タオルは貸してあげるよ。シャンプーとボディソープはどうする?使い切りのがあるけど」 と聞いてきた。 滞在先のホテルにもお風呂はあるので、身体を洗い流し湯舟に浸かる程度の予定だったが、せっかくだ。 「じゃあ、シャンプーとボディソープも」と返した。 「あいよ。シャンプーとボディソープは少々値が張るよ。30円ずつで60円だ!……いや、でもまぁ今日は1月5日だからまだ正月の続きやな。サービスしとくよ」 と人懐っこい笑顔で一式渡してくれた。 人情味ある対応に入浴前から温かくなりながら、頭の中でさらに色んな記憶が呼び起された。 「そういえば、さくら湯でも脱衣所ですっぽんぽんのまま京都新聞読んでるおじいさんがいたな」とか「番台さんと会話したり、買い物の間、荷物を預かってもらったこともあったな」とか。 脱衣所には、体重計だけでなく身長計まで置いてある。……さくら湯には身長計あったっけ?さすがに覚えていない。 さて、いざ湯舟に入ると、おぉ、ここにもあるではないか、ケロリン!そしてシャワーは固定。電気風呂に水風呂。ジェットバスも。 普通の風呂も熱めと少し熱めの風呂もある。勿論、ぬるめはない。 体を洗い湯舟に浸かると、さらに記憶が呼び起される。 当時は、大体行く時間帯も決まっていたので、いわゆる常連さんの顔もかなり覚えていた。 向こうも覚えてくれたようで、お互いを顔を見て会釈する間柄になった人もいる。 そうそう。背中一面に刺青を入れたおじさんもいた。 コインロッカーのキーを足につけていたのが印象的で、さすがに話しかけたことはないが、シャンプーが無かった時にそっと横から貸してくれたことがある。人は見かけで判断してはいけない。 いわゆる一見客から一段階進んだ感覚。その街のコミュニティに少し仲間入りしたような感覚になり嬉しかったな。 随分前に忘れていた懐かしい気分。 これはホテルのお風呂では得られない時間だったと思っていたら結構な時間が経っていたので、のぼせない程度に湯舟を出る。体も心も温まり、色々と満ち足りてホテルへと帰った。 ただ唯一ショックだったことがある。 正月の間、飽食の限りをつくした結果、脱衣所で体重計が示した数値は、ほんの1週間で2kgも増えていたのである。。 |
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