ミルユメコリオ
2019年8月10日(土)午後7時00分 会場:京都市東山青少年活動センター 【概要】 藤井颯太郎が「せんだい短編戯曲賞」を受賞した幻灯劇場・第一作目の再演。 【感想】 ストーリーをざっくり書くと…… "オワリ"というド田舎で、母娘が花屋をやっている。 父親は珍獣求めて旅立った……ことになっているが、実際には東京の女と蒸発。 そんな父親が死んだと、東京から手紙が届く。 娘(夢子)は単身東京へ。そこで、手紙の送り主で映画監督の非常口から、父の遺骨を渡される。 そのまま非常口にスカウトされた夢子は主演映画を撮ることに。 夢子のリアルライフをまんま映画化したようなその作品は大ヒット。 そんな夢子や田舎の人々が、町おこしに試行錯誤し、"何もない老人ばかり"という現状自体を"終末の街"として売り出したり(勿論、実質町おこしになってない)、"ハジマリ"の街にして外から人々を受け入れたり。 結局、ある企業が"オワリ"の土地を買い占めゴミ処理場を作る。 街の象徴だった商店街は壊され、人の代わりにゴミが運ばれる街に。 でも、「元々シャッター街だ。ゴミみたいな場所だ」とか自虐コメントを吐く老人もいたり。 そんな中で、線路に若い女性の服が散乱し、夢子は自殺したと思われるが、実際には東京に失踪していた。 結局夢子は、堕ちたり、母の元に戻ったり。 それを映画館で観る人々がいたり。 最後、どうなったんだっけ?ちょっと結末を覚えていないのだけど、そんな物語だった。 オワリが外部を受け入れて変わる様子は、結構笑えない話。例えば近い将来、日本の人口減で移民を受入が加速したり、やがて移民の方が割合が増えて、彼らの価値観がスタンダードになって、元の日本文化や史跡が廃棄されたりといったことが、100年後辺りであるかもしれない。 そんなこと思いながら観ていた。 あと、土地買占めで頭の中に浮かんだのは、水俣で。 水俣は、日本窒素肥料株式会社によって発展した一方、公害も生み出いs、ひどい苦しみも得ることになった(そしてそれは今も続いている) 時間の都合もあっての、単に「ゴミの埋立地になり、街のシンボルが消えた」設定だと思うが、、もし入植者の恩恵も受けて、一方で大きな被害も発生して……というストーリーなら、事態はより複雑で、夢子の失踪がまた違った意味をまとうかもな、等と妄想した。 さらに、そうしたTangled Upな状況から、人々の心や教育も歪んで……みたいな感じなら、"コリ●"という言葉への想像もさらに膨らむ。 個人的には、東京出身の私と、作者の藤井さん(滋賀出身)の間で、"東京"への感じ方に随分差があるんだな、という部分が面白かった。 今年の学生演劇祭でも、どこかの団体が「東京に喰われる」みたいな話やってたけど。やっぱそういう存在なのかな。 でも東京も、一括りにできないんだよな。例えば目黒区と八王子市じゃ、全然違うし。マツコ・デラックス辺りが熱弁してそうだけど。 つまり、ミルユメコリオは、ミルユメマツコだったということか(嘘) |
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