エッセイ1 電車にて 今朝、電車に乗ったら黒いサングラスに海坊主のような風貌、どこから見ても"極道の妻たち"に出てくるその筋の人としか思えないようなオヤジが座っていた。 足を組み、時折凄みを効かすその様に、周りの人は「あぁ、なんでこの車両に乗っちゃったんだろう……」と思っているのか、なるべく目を合わせないようにしていた。 私はオヤジ向かいのチョット左側。目の前におばさんが立っていたので、凶悪な視線とぶつからず周囲の様子を観察できた。 オヤジの左横には、男子高校生が座っており漫画を読んでいる。 表紙から判断するにドカベンに違いない。いまどき渋い高校生だ。 よく目を凝らして見ると、オヤジに威圧されたのか、ずっとドカベンこと山田太郎がホームランを打ったページだった。 「カ〜ン!!打った〜〜!!」 まぁ、普通こんな文字と場外に飛び出すホームラン・ボールしか書かれていないページを何分も読む奴はいないわけで。いかに彼が恐れおののいていたかがよく分かる。 オヤジの右横には、にっぽん昔話に出てくる「優しいけど貧しいおじいさん」のような、品の良いおじいさんが熟睡していた。気付かないって幸せだ。 その時突然…… 「ヨ〜ロヨ〜ロヨッヘッヒ〜♪」 気まずい空気を打ち破ったのは、突然鳴り響いたアルプス少女ハイジの音楽だった。と同時に、オヤジがそそくさと携帯電話を取り出す。 (おい、オヤジよ……あんたの着メロ、ハイジかい……) あまりのギャップに笑うのも通り越し、呆然とする周囲。 しかも次の瞬間、広瀬香美もビックリなハイ・トーン・ヴォイスで 「お母ちゃんのスケベ!」 と絶叫するオヤジ。 彼は、次の駅に着いた瞬間、そそくさと立ち上がり車両から降りていった。 出て行くオヤジを見送った周囲。5秒後、どこからともなく「クスクス……」という声が聞こえてきた。 一体あのオヤジは何者だったのだろう……そして「お母ちゃんのスケベ!」とは一体何のことだったのだろう? 彼の"お母ちゃん"は、一体彼に何を言ったのか!? 結局迷宮入りとなったこれらの謎を考えていたら、電車を乗り過ごしてしまった自分が少し悲しい。 |
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