吉例顔見世興行(午前の部) 2014年12月05日(金)午前10時30分開演 会場:京都・南座 第一 藤十郎の恋 第二 新口村 第三 魚屋宗五郎 第四 仮名手本忠臣蔵 七段目 祗園一力茶屋の場 【概要】 吉例顔見世興行は向こう1年の一座の顔ぶれを披露する興行で、350年以上の歴史を有する「歌舞伎の国の正月」とも呼ばれる最大級のイベント。 今年は7年ぶりに松本幸四郎が出演。 1991年以来使われてきた「檜舞台の敷き板」が全面張り替えされ“新檜舞台開き”と銘打たれ、旧敷き板を使った栞が番付とともに配られた。 第一 藤十郎の恋 京都四条の茶屋には、都万太夫座の新作に出演する役者たちが顔寄せの酒宴をしている。 今回の芝居は、近松門左衛門による新作だ。 折りしもライバルの半左衛門座が上演する「傾城浅間ヶ嶽」が大ヒットしており、対抗するために近松が取り上げた題材は、女房と召使いによる不義密通の物語。 主役の召使いを演じるのは、坂田藤十郎だ。 その藤十郎が酒宴の席に登場する。一座の面々は、「今回はこれまでにない題材であり、役作りに悩んでいる。全てを座頭である藤十郎に任せたい」と申し出るが、藤十郎自身も不義密通をする男を演じたことがなく、思案に暮れているのだった。 一同沈んだ雰囲気になるが、若太夫の提案で、気分を変えるために賑やかに騒ぎ出す。 酒宴が盛り上がる中、藤十郎は、そっと座敷を抜け、離れの小座敷で1人思案に暮れる。 そこに訪ねたのは、茶屋の女房・お梶。 藤十郎の世話を焼きながら新作について尋ねるお梶の美しさに見とれるうち、何かを思いついた藤十郎は、部屋を退がろうとするお梶を呼び止めると、昔話を始める。 曰く、「20年前からお梶に並々ならぬ思いを抱いていた。当時は修行中ゆえ打ち明けられず、お梶も結婚してしまったが、こうして2人きりになったのも何かの縁。思いを叶えて欲しい」 思いがけない話に涙したお梶は、藤十郎に真実か?と尋ねる。 道ならぬ恋をしかける以上、命を投げ出す所存だという藤十郎。 お梶は、行灯の火を吹き消し、藤十郎の傍らに寄り添おうとする。 ところが、藤十郎はそんなお梶の側をすり抜け、小座敷から立ち去るのであった。 それから半月。新作が大当たりした都万太夫座。 藤十郎の楽屋には贔屓客の進物がひっきりなしに届けられる。 そこへ出演役者たちが現れ、口さがない話を始める。 話はいつしか藤十郎に関わる世間の噂へ。藤十郎がこの度の演技のため、茶屋の女房に道ならぬ恋を仕掛けたのではないか、というのだ。 そこへお梶が現れ、藤十郎と何かあったのでは?と尋ねられる。 これに対し、「藤十郎から恋を仕掛けられたならば、三国一の果報者である」とかわしたお梶はその場を立ち去ろうとする。 すると藤十郎が現れる。 お梶を見つけ動揺する藤十郎だが、贔屓の遊女に邪魔され追うことができない。 贔屓客がいなくなり、気を取り直した藤十郎は、役者たちにこの度の作品における演技の心構えを聞かせる。 そこへ慌てた様子で道具方が駆けつけ、お梶が自害したことを伝える。 やがて、その亡骸が運ばれ、呆然と見る藤十郎であったが、「芸のためには、一人や二人の女の命は」と自ら言い聞かせるように呟く。 「お梶殿!」とも叫び、苦悩の表情を浮かべつつも、芸術至上の信念を言い聞かせる藤十郎であった。 第二 新口村 大和にある新口村。雪降り積もるこの村に辿り着いたのは、大阪新町の傾城・梅川と亀屋の養子・忠兵衛。 忠兵衛は梅川を身請けするため、公金横領の大罪を犯した。 死を覚悟する2人は、人目を盗み、忠兵衛の故郷・新口村まで逃れてきたのだった。 ひとまず顔見知りの忠三郎を訪ねる2人だったが、忠三郎は留守。その女房から、忠兵衛の父・孫右衛門は詮議を受けていることを聞かされる。 そこへ知人の万歳、才造が通りかかり賑やかな大和万歳を披露して立ち去る。 入れ替わるように登場したのは、孫右衛門。 有紀に足を取られた孫右衛門が下駄の鼻緒を切ってしまうのを見た梅川は家から走り出て、孫右衛門を抱き起こし、鼻緒を挿げ始める。 言葉を交わすうちに梅川が誰か気付いた孫右衛門は、息子も近くにいると察し、対面を拒んだ上で、養い親への孝行のためにも潔く逮捕されるよう語った上で、手持ちの金子を路銀にするように渡す。 感謝した梅川は、自分の存在が忠兵衛を罪人にしてしまったことを詫び、孫右衛門に目隠しをさせて忠兵衛と対面させる。 やがて捕り手が近づく太鼓が聞こえると、孫右衛門は、降り積もる雪の中、名残惜しそうに去っていく忠兵衛と梅川をいつまでも見送るのであった。 第三 魚屋宗五郎 魚屋を営む宗五郎の家では、女房・おはま、奉公人の三吉らが賑やかなお祭り囃子を恨めしげに聞いている。 というのも、磯部という旗本屋敷に奉公していた宗五郎の妹・お蔦が、同家中の浦戸という侍と不義を働き、手討ちになったとの知らせが届いたのだ。 寺へ戒名をもらいに行った宗五郎が帰ってくると、父・太兵衛が自室から出てきて、おはまや三吉とともに、磯部の屋敷に掛け合いに行くべきだと主張する。 しかし、お蔦の奉公のために磯部家から賜った金で借金を返し、何不自由なく暮らせるようになった我が家だ。 恩義を鑑みるに、掛け合いには行くべきではない……。そう考える宗五郎は、ぐっと堪えている様子。 そこに、お蔦とともに旗本屋敷に奉公していたおなぎから酒樽が送られ、おなぎ自身もお蔦を弔いに来る。 宗五郎たちが応対する中で、おなぎはお蔦が殿様に手討ちにされた経緯を話し始める。 お蔦は飼い猫を探すうちに、以前から横恋慕されていた用人・岩上が口説きにかかり、これを通りかかった紋三郎が助けたとのこと。 しかし、これを恨みに思った岩上が、御家横領のたくらみをお蔦に聞かれていたこともあり、紋三郎との不義を申し立て、殿様は怒りに任せて、お蔦を嬲り殺しにしたという。 一同は怒りに震え、悔し涙を流す。そんな中、宗五郎が酒を注ぐようにおはまに言いつける。 宗五郎は酒を飲むと見境がなくなるため、禁酒の誓いを立てていたのだが、妹がこのような目にあって、呑まずにはいられるものか!さぁ、もっと注げ!いくらでも食らわん! やがて一滴残らず飲み干した宗五郎。酔いに任せて、磯部の屋敷へ抗議に行くと言い出す。 止めようとするおはまや三吉を相手に角樽片手に暴れた宗五郎は、いざ、磯部の屋敷へ! 屋敷に着き、立ち回りを演じた末、宗五郎は岩上に縛られてしまう。 それでも抵抗し、岩上を足蹴りにしたため、斬り捨てられそうになるが、家老の浦戸が姿を現し、岩上をたしなめた上で、縄を解かせ、宗五郎を労わるのだった。 妹を殺された悔しさを訴えながらも、いつしか宗五郎は寝込んでしまう。 宗五郎を心配し、追ってきたおはまは宗五郎を起こそうとするが、家老は足軽たちに奥庭に運ぶよう命じる。 おはまが見守るうち、目を覚まし、正気にかえった宗五郎は一部始終を聞かされ、面目ない次第。 そこに磯部の殿様が姿を現す。 無礼を働いたため手討ちにされることを覚悟した宗五郎に対し、殿様は、お蔦を手討ちにしたことを詫び始める。 そして、宗五郎と父に弔慰金を送ること、岩上を成敗することを約束する。 その言葉と配慮に、改めて感謝をする宗五郎であった。 第四 仮名手本忠臣蔵 七段目 祗園一力茶屋の場 京都祇園の一力茶屋にいるのは、大星由良助。 元塩冶家の国家老だが、仇討ちを忘れたかのように放蕩に明け暮れている。 そこに、赤垣、富森、矢間といった塩冶の遺臣たちが足軽の寺岡を従えてやってくる。 彼らは由良助の本心を確認しに来たが、遊びほうける様子を見て、そして仇討ちの徒党に加えて欲しいと請う寺岡に「命を捨てて敵討ちするのは馬鹿らしい」と言い、寝込む様子を見て怒り、討ちかかろうとする。 それを押し止め、討ち入りに加えて欲しい旨を書いた願書を由良助の枕元に置くが、由良助は突き返す。 そこへ人目を避けながら登場したのが由良助の息子・力弥。 亡君の奥方からの密書を父に渡しに来たのだ。 さて、その後、由良助の真意を探ろうと、元塩冶家老の九太夫、そして師直家臣の伴内がやって来る。 伴内は由良助の錆びついた刀を見て、仇討ちの心はないと確信するが、九太夫は、力弥から書状を受け取るのを見かけたため座敷の縁の下に隠れて様子を伺うことにする。 五段目で登場した勘平の女房おかるは遊女となっていたが、今日は由良助に呼ばれ、この茶屋にいた。 酔い覚ましに、二階の座敷で風に当っていると、一階にいる由良助が縁側に出て密書を読み始めた。 それを、二階にいたおかると縁の下に隠れていた九太夫に覗き見されてしまう。 おかるに気付いた由良助ははっとして密書を後ろ手に隠す。 由良助は密書の先端が切れていることから、読まれていたことに気付く。 文を読んだというおかるに突然「自分が身請けしてやろう」と言い出す由良助。 夫勘平のもとへ帰れるとおかるが喜んでいると、そこに平右衛門が現れる。 おかるはこの平右衛門の妹であった。 平右衛門に事の次第を話すおかる。 すると平右衛門は、「事情は読めた。妹、とても逃れぬ命、身共にくれよ」と平右衛門は刀を抜いておかるに斬りかかろうとする。 驚くおかるはその場で泣き伏した。 平右衛門は、父・与市兵衛が人手にかかり死んだことをおかるに話した。 さらに「勘平も、腹切って死んだ」と聞き、ショックのあまり泣き沈むおかる。 だがあの由良助がおかるを急に身請けするというのは、密書の内容を漏らすまいと殺すつもりに違いない。 ならば自分が殺し、その功で敵討ちに加えてもらおうと、平右衛門は悲壮な覚悟でおかるに斬りつけたのだ。 おかるは、やがて覚悟を決めて自害しようとする。 そこに由良助が現れ、「兄弟ども見上げた疑い晴れた」と敵と味方を欺くための放蕩だという本心をあらわし、平右衛門が敵討ちに加わることを許し、妹は生きて父と夫への追善をせよと諭す。 さらにおかるが持つ刀に手を添えて床下を突き刺すと、そこにいた九太夫は肩先を刺され七転八倒。平右衛門に床下から引きずり出された。 由良助は九太夫の髻を掴んで引き寄せ、その卑怯さを罵る。そして始末を平右衛門に命じるのだった。 【客入り】 中高年が多いが、若年層もチラホラ。もちろん満員。 【感想】 今年も顔見世興行の季節。 今回は松本幸四郎さんが演る魚屋宗五郎が観たかったので、顔見世興行では初めて昼の部を選択。 去年は1Fの前方だったが、今回は3Fの右扉側。丁度、花道がよく見える位置からの観劇だった。 第一 藤十郎の恋 元々は菊池寛の小説を劇化したもので、藤十郎を演じたのは中村扇雀。 イマイチ分かっていないのだが、お梶が行灯を消した時、藤十郎は実際には不貞行為をせずに横をすり抜けて去ったということで良いのだろうか? だから、実際にことに及んだわけではないと思うのだが、にも関わらずお梶が死んだのは、「不義密通したという噂が立った」こと自体に対してなのか、藤十郎の言葉で不貞行為をしようとした自身を恥じてなのか。 あるいは、藤十郎のためなのだろうか? いずれにせよ、ラストの何ともいえない藤十郎の表情がハイライトだった。 第二 新口村 これは去年観た「道行雪故郷」と同じく梅川忠兵衛の話。 この話、あまり好きなテイストではないのだが、梅川を演じる片岡秀太郎の女形は品があって良かった。 第三 魚屋宗五郎 この演目が観たくて昼公演にした。松本幸四郎さんの宗五郎が気持ち良かった! 妹の死に直面し、哀しみの中帰ってくる登場シーンでは、声も力なく弱々しい。 それが酒を呑んで気が大きくなっていき、「殿様の屋敷に殴りこんでいく」と意気込んで花道を渡るシーンはストーンコールドの登場シーンのような格好良さがあった。 その後、酔いがさめた後、最初ボーッとしたようになっている辺りも含めてコミカルで、観ていて飽きなかった。 宗五郎は、水滸伝でいうところの黒旋風・李逵、三国志演義なら張飛みたいなキャラクター。 さらにシンプルな勧善懲悪で分かりやすい話だし、中国でやってもウケそうな演目だと思う。 第四 仮名手本忠臣蔵 七段目 祗園一力茶屋の場 仮名手本忠臣蔵は、一昨年、五段目、六段目を観ていたため、その続きを観たことになる。 「十八世中村勘三郎を偲んで」ということで、寺岡平右衛門を勘九郎、お軽を七之助が演じていたが……この2人による掛け合いがちょっと長過ぎた印象。 今回の昼の部は、情緒ある作品が並んだ一方、動きで魅せるダイナミックな演目は少なかったように感じるが、魚屋宗五郎が観れたので満足。 花道も結構使われたが、「船弁慶」みたいな近くで迫力を感じるタイプよりも、全体を見渡せた方が楽しいタイプが多かったため、座席も正解だった。 |
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