Mr.Win's Room

Mr.Win's Room

Home / Profile / Music Works / Essay / Report / Kyushu


ロンドン ブライアン・ウィルソン、ロイヤルオペラ&ブリティッシュ・ロック探訪の旅 vol.4

London calling!! ロンドン3日目の17日。
昨晩はブライアン・ウィルソンのライヴの興奮で多少夜更かし。起きるのが少し遅れて、今は8時30分。
疲れが溜まっているが今日はどうしても行かなければいけない場所がある。

ロンドン旅行が確定し行きたい場所をリストアップした時、僕の頭に真っ先に浮かんだのは、実はロンドン市内にある場所ではなかった。
アビィ・ロード・スタジオでもオリンピック・スタジオでもハイド・パークでもない。ロイヤルアルバートホールでもない。
それはロンドンから西へ2〜3時間ほど。田舎町チェルトナムにあるブライアン・ジョーンズの墓だった。

僕にとってブライアン・ジョーンズは特別な存在だ。
中学の頃、ビートルズを好きになった僕は必然的に、ローリングストーンズに辿り着いた。
初めて聴いたアルバムは"Hot Rock1"。初期ストーンズのベスト盤だ。
まず"Paint It Black"にやられた。暗さ、それに魔性というか。ブライアンのシタールは圧倒的だった。
何よりCD裏面の5人の白黒写真。顔の右半分が陰になっているブライアンの写真は格好良く、いかにも別格の存在感があった。

実はストーンズを聴く前に、"ザ・ロック・レクイエム―生き急いだロッカーたちへの鎮魂歌"という本を読み、メンバー中、真っ先にブライアンのことを知っていたのも彼に注目した理由かもしれない。
何にせよ、ジョン・レノンに続く、僕のアイドルはブライアン・ジョーンズになった。
"Little Red Rooster"でのスライドギター、"Not Fade Away"でのブルーズハープ、"Under My Thumb"でのマリンバ、"2000光年のかなた"でのメロントロン、"You Better Move On"でのリズムギターなど、どれも最高だった。
だから映像で初めて動くブライアンを観た時は興奮した。最初に観たのは映画"Let's Spend The Night Together"で"Time Is On My Side"演奏中に流れる60年代の回想シーンだ。ティアドロップ型のギターを掲げて頷くように頭を振りながら演奏するブライアンは無茶苦茶格好良かったし、曲の最後辺り、カメラに満足げな表情を向けるシーンはストーンズのあらゆる映像中、特に好きな場面だ。

勿論、ミックとキースの書くマスターピースの数々、それにミックやキースのパフォーマンスには圧倒されるし、ブライアン亡き後のストーンズも大好きだけれども。
でも、感情移入の度合いでいくと、僕は圧倒的にブライアンだ。
どんな楽器でも弾きこなしたという才能は勿論、"ブライアンジョーンズ 孤独な反逆者の肖像"という本で得た「破滅的でありながら、実は繊細で純粋な部分を持っている」ブライアン像は、心情に共感できる部分が多々あった。

虚勢を張るために破滅的になってしまう面や、その破滅的な享楽に溺れる弱さ。
自分がストーンズのメンバーだから愛されているのか、個人として求められているのか、愛情を確かめなければならない不安。
自分が作ったはずのバンドが、イメージしていた音楽性から変わっていくことや、主導権を奪われていく葛藤など。
本に書いてあった星座(うお座)やIQ指数などが一緒だったことも、ブライアンに肩入れしてしまう理由だ。
もちろん私生児が沢山いたり、クスリに溺れていたり……といった部分は全く共感できないし、多分に美化している面はあるんだろうけれども、ハイスクール時代、先輩・後輩の中だったC.W.二コルさん(作家)のエピソードや、ミックやキースの発言(機嫌がいい時のブライアンは、最高の奴だった)を読む限り、感情の振れ幅が大きすぎるけれど、本来優しい人だったんじゃないか、と思っています。
余談だが、僕が初めて買ったエレクトリック・ギターは、原宿にあったストーンズ専門店"Gimme Shelter"で限定販売していたブライアンのティアドロップ・ギター・モデルだ。
それだけブライアンへの思い入れが強かった。

さて、ブライアンの墓があるチェルトナム・セメタリーには、Paddington駅から2時間弱ほど列車に乗り、Cheltenham Spa駅まで。
それから3マイル(およそ5km)程あるので、タクシーを使うといいという情報は事前に仕入れていた。
なのでまずはPaddington駅へ。
地下鉄には慣れた……というかある意味、日本より分かりやすいのですんなりと。
問題はこの後。Paddingtonは複数の路線が入り組んでいるためどこでチケットを買うのか、どのホームに行けば良いのかも全く分からない。
ひとまず地下鉄の窓口で聞いたところ、
「ここではCheltenham行きのチケットは扱っていないので、一旦地上階まで出てください」
とのこと。そりゃそうだ。そんなわけで初日にヒースロー・エクスプレスで降り立った場所に出る。
真ん中の大きなinformationで再度聞いたところ券売機の場所を教えてくれた。
券売機には各国の言語マークが出ているが日本はない。もっとも英語のままでも十分分かりやすい。
まず行き先の頭文字を選び、"Cheltenham Spa"を選択。次にチケットのタイプ(片道 or 往復)、オフピークのみかフルタイム・チケットかを選ぶ。
ここでハタと困ってしまった。イギリスでは、混雑時(ピーク)とそれ以外で料金が異なるというのは知っていたが、具体的に何時から何時までかは暗記していない。
「地球の歩き方」を広げたいところだが、後ろにも人が並んでいるのでさっさと買わなければならない。
まぁ、チケットが違ったら追加料金払えばいいか。そう思いオフピークチケットを購入。

次はどの列車に乗るかだが、電光掲示板上には色んな駅名ががさごそと光っている。見るのが面倒くさかったので駅員さんに聞くと、「1番ホームでSwindon駅で乗り換え」とのこと。
列車に乗り、10時30分に出発。外を眺めると……おお!これこそまさに「世界の車窓から」!

今日はPaddingtonよりCheltenham Spaへの旅です

ってな感じだ。……それにしても晴れたり曇ったりせわしないなぁ。雲の動きが妙に速い。
Paddington駅の次はReading駅。親子が乗ってきた。子供が「この車両、TVがついてる。格好いい!」だって。
うん。格好いいね。まぁ、僕は乗車した時、「TV付きだから指定席じゃないよなぁ」なんて心配になっていたのだけど。

次はDidcot Parkway駅、そしてSwindon駅に到着!
さて乗り換え先はどこ?看板を見ると"1, 2 & 3 home"にCheltenham Spaと書いてある。よし行こう。
ホームに移動し掲示板を見ると"12:14 Cheltenham Spa"と書いてある。時計を見るとまだ11時30分。え〜!そんなに待つの!?確かに田舎だ。
しょうがないので駅でサンドウィッチとストロベリーフレイバーの水を買い、食べる。う〜ん、このサンドウィッチはマズいな。普通のパンを買った方が良かったかも。
時間つぶしにホームを隅から隅まで歩いてみよう。外は雨が降ってる。でも反対のホームに着いたら快晴になっていた。本当に気まぐれな天気だな。



そんな風にしているうちに列車が着たので乗り込む。さぁCheltenham Spaへ!
まずはKembleという駅。この駅に着くまで車窓からは牧場が見え、あぁ本当にカントリーに来てるんだなぁ、というのが実感される。
これよりももっと先にあるんだから、Cheltenhamは確かに田舎だ。ブライアンが夢見ていたのが世界でもイギリスでもなく、ロンドンでの成功だったというのが分かる気がした。
ロンドンですら遠いのだから、イギリス、ましてや世界での成功なんて想像すら及ばなかったんだろう。
そんな当初の考えとは裏腹に大きな存在になっていくストーンズ。そしてその最大の原動力がミックとキースのライティング能力だということがブライアンにとってどれだけ大きなプレッシャーだったかは想像に難くない。

そんなことを考えていると次の駅、Stroudに着いた。
まだ先なの!?もう結構乗っているのだけど。

次のStonehouse駅を経てGlowster駅に着いた辺りで段々と焦ってくる。このペースだと1時30分に着いたとしてPaddington駅から3時間もかかる計算になる。
帰りも同じぐらいかかるなら3時30分にはCheltenhamを出なければ夜のコンサートに間に合わない。
2時間だけでブライアンの墓を往復できるかな。。もう少し早く出るべきだったなぁ。でもここまで来たら行くしかない!
気をもむこと数十分。1時20分!Cheltenham Spa駅に到着!
小走りで駅を上がり、車道へ。あれ?タクシー来ないなぁ。……タクシー乗り場は駅の逆側だった。。
乗り場でタクシーを捕まえ「Cheltenham Cemeteryに行きたい!」というとOKのサインが。よく考えるとイギリスでタクシーに乗るの初めてだ。
タクシーの窓からCheltenhamの街を見る。ここがブライアンの育った街なんだ。穏やかな街だ。日本のイメージで言うと、田園調布駅から郵便局の方に行くとある並木道路。あれがずーっと続いているような感じ。
長い時間をかけてようやくCheltenhamに着き、もうすぐブライアンの眠る墓に行くんだと思うと、自然と涙が出てきた。
タクシーの運転手に「誰の墓に行くの?」と聞かれたので「Brian Jones」と即答。
すると静かだけど力強い声で"OK!......I love Stones too!"
なんかこの言葉が凄く嬉しかった。

駅から10分もかからなかったかな、タクシーはCheltenham Cemeteryに到着し、門をくぐり右手の道路を進む。そして……
"Here is graveyard of Brian Jones."





遂に来れた。写真で見たことのある墓石。ブライアン・ジョーンズの墓だ。
墓を見た時、ジーンときた。ストーンズは今なお、素晴らしいステージを見せてくれている。60年代から50年近く経とうとしているのに。
でも半世紀ぐらい前にローリング・ストーンズというバンドを作ったのは、紛れもなくブライアンだった。
僕は持参したスライドバーを添えて、こう祈った。

「ブライアン、初めまして。ストーンズでのあなたの演奏、それにあなたが録音したモロッコのジャジューカの音楽が大好きです。それに"A Degree of murder(ブライアンが音楽を担当したドイツ映画)"のサントラも!忘れられないメロディーです。あなたが弾く沢山の楽器はどれもいいけど、やっぱりあなたのスライドギターが一番好きです。新しいスライドバーを持ってきたから是非、使ってください。きっと天国でジョン・レノンやキース・ムーンと一緒にセッションしているでしょう?」

そう。いつも思っていたのだが、ブライアンの墓参りをした人のレポートを見るとお供え物は花とか酒ばかりなのだ。
でもブライアンはスライドギターの名手だった。"Little Red Rooster"、"No Expectations"。それにミックやキースと知り合った頃にエルモ・ルイスというステージネームで演っていたという"Dust My Broom"。何よりもスライドバーを置いておきたかった。(↑の写真で、丁度中央に置いたのが見えるかな?)

祈った手をほどいたら突然雨(というかみぞれ)が降ってきた。
なんだかブライアンから返事をもらったような気がした。今頃ギターをオープンコードにチューニングしてるかな?

そして(多分ファンクラブが置いた)ケースに入っているノートにメッセージを残した。
Cheltenham Cemeteryの入口まで歩いて撮影。



ブリティッシュロックの探訪にあたり最も大事な場所に来れたと改めて思った。あとはタクシーで帰るだけ。
そう。タクシーで帰るだけ。
さぁ、道路で待ってりゃ通るだろう。あれは違うなぁ。自家用車だ。これも違うなぁ。輸送トラックだよ。
……。

………タクシーが来ない!!

おかしい!いくらなんでも40分間全く来ないなんて!
焦って散歩中のおじさんに聞いたところ。
「あぁ、ここは郊外だからねぇ。う〜ん……ここから次のコーナーを右に曲がって20分ぐらいストレートに歩くとタウンホールがあるんだけど。そこまで行けば人通りも多いからタクシーも捕まると思うよ」とのこと。

有難うおじさん。右に曲がって20分ね。はい、曲がりました。あとはストレートに。……あれ、ストレートな方向で2つに分かれてますよ(涙)
参った。Cheltenhamでの移動は全部タクシー任せにするつもりだったので地図も持っていない。完全なStranger状態だ。
どうしようもないので、Cemetery沿いの道を歩くと大きめのスーパーが。そしてランニング中のおじいさんが。
こうなったら手当たり次第に聞くしかない。。そう思い、おじいさんに質問。
「すいません、Cheltenham Spa駅までタクシーで行きたいのですが、タクシーが捕まえやすいポイントはありませんか?」
すると、おじいさんも「う〜ん……この辺はあまりタクシーは通らないからなぁ。そうだ。このスーパーの1階の掲示板にタクシー会社の電話番号が書いてあったはずだ。ちょっと行ってみよう」と言い、わざわざ一緒にスーパーに来てくれた。
さらに親切なことに店員さんに「この人がタクシーを拾いたいとのことなので、ちょっと電話してもらえませんか?」とお願いしてくれた。
助かった!"Thank you for your kindness!"
「なに、丁度こっちの方に走っていたんだよ。No Problemさ。良い一日を!」と颯爽と走っていった。
格好いい!これこそBritish Gentlemanだよ!

レジが少し混んでいて店員さんに悪かったので、(自信はなかったが)タクシー会社に電話してみた。
名前を言って、スーパーの名前を言って、「急いでいるのですぐに来てほしい」と伝えたところ、10分後ぐらいに着きますよとのこと。
良かった!通じた。 ロンドン旅行中、何度となく英語を話して思ったのが、とりあえず自分の言いたいこと(要求だったり考えだったり)をはっきりと主張すれば、相手は理解してくれるということ。この時もそうだった。

そんなわけでタクシーが到着。乗り込んでホッとする。
すると、タクシーの運転手さんがこう聞いてきた。

「今日は良い日かい?」

「うん。ブライアン・ジョーンズの墓に行ったんだ。彼は僕のスターだから。日本から来たかいがあったよ」

「Good! ならブライアンの住んでいた家に行ってみるかい?」

「ブライアンの家?いいね〜……って、何!本当に!?ブライアンの家知ってるの!!??」

「勿論さ。俺はCheltenhamのタクシードライバーだぜ!彼が住んでいた証にブループレートもあるよ。ブループレートって分かるかい?」

「有名人が住んでいたっていう印でしょ?」

「そう。じゃあ寄ってみよう」

「It sounds good!!!」

というわけでさっきまでの焦った状況から一変。なんとブライアンの家に行けることに!!
僕は運転手さんに聞いてみた。

「ストーンズは好き?」

「勿論!あいつらは俺にとっても、俺の両親にとってもメモリーの一部さ。青春なんだよ」

「僕も彼らの音楽が大好きなんだ。日本に来た時は何度もライヴに行ったよ」

「Good! さぁ着いたよ。待ってるから近くに行って写真を撮ってくるといいよ。ほら青いプレートが見えるだろう?」

僕は、喜び勇んで飛び出した。


青いプレートに近寄る。


ブライアン・ジョーンズの文字が誇らしげに光っている。1942-1950。生まれた時から8歳までブライアンはここで育ったんだ。
先ほどのお墓では感傷的な気分になった。でもここは違う。ここには力強い生命力が感じられた。

その証拠に……


ほら、空も一気に晴れてる!
豪邸ではないが品の良い家。そこには確かにブライアンが住んでいた。

ひとしきり写真を撮り、感慨に耽り、タクシーに戻ると、運転手さんが親指を立てて"Good!"と言っている。いい笑顔だ。

「本当に有難う!ここに来れたこと、ブライアンの存在を感じることができて本当に嬉しいよ!」

「俺も喜んでもらえて嬉しいよ。運転手にとってお客さんの喜ぶ顔を見るのが一番嬉しいことなんだ」

その後、運転手さんはCheltenhamの大学(だったかな?)は物凄く環境が良くて世界一の学び舎だとか、時間があったらCheltenham競馬場も面白いよとか教えてくれた。
楽しい話が続く中タクシーは駅に着いた。

「さぁ、着いたよ。今日はまだまだ続くよ。より良い一日になることを祈ってるぜ」

「有難う!」

いや〜、本当に有難う!感謝の気持ちを込めてチップも多めに渡したことは言うまでもない。


Cheltenhamという街でブライアンは有名人だ。ブライアンの墓に行きたいといえば連れていってもらえるし、こうして家にまで連れていってもらえる。
そして彼の名前が出た時、人々は誇らしげになる。今でも彼は街が生んだ大スターなのだ。

ロンドンでの成功を夢見て世界的なスターになったブライアン。でも、故郷であるこの穏やかな街で今なお息づいていることこそ何よりも素晴らしいことに思われた。
ブライアンにとっても。そしてCheltenhamにとっても。

帰りの列車。"Hot Rocks vol.1"を聴きながら、空を眺めた。
"Time Is On My Side"を弾き終わり笑顔になるブライアンが見えたような気がした。


Cheltenham Spa駅。ブライアンもきっと本数の少ない列車をいらいらして待ちながら、ロンドン市内で観るブルーズのライヴをワクワクして待っていたに違いない。

(2011/09/17)



copyright1
(制作:木戸涼)

(C) 2001-2024 copyrights.Ryo Kido